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東京地方裁判所 平成11年(ワ)673号 判決

原告 破産者A野商材株式会社破産管財人 早稲田祐美子

右常置代理人弁護士 松葉栄治

被告 株式会社 東海銀行

右代表者代表取締役 西木由喜夫

右訴訟代理人弁護士 今井和男

同 正田賢司

同 山崎哲央

主文

一  被告は、原告に対し、金一億三〇四三万三〇〇〇円及びこれに対する平成一一年一月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告に対し、金一億三〇四三万三〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成一一年一月二〇日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、破産管財人である原告が、破産申立ての四日前に破産者から合計金一億三〇四三万三〇〇〇円の長期借入金債務について繰上弁済を受けた被告に対し、破産法第七二条一号、四号に基づき否認権を行使し、否認権行使による弁済金返還請求権に基づき右金一億三〇四三万三〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成一一年一月二〇日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等(末尾に証拠の記載のない事実は当事者間に争いがない。)

1  A野商材株式会社は、主に木材及び建材の販売を業とする株式会社であったが、平成一〇年六月一日に自己破産の申立てをし、同月一七日午後二時、東京地方裁判所において破産宣告を受け、同日、原告が同社(以下「破産者」という。)の破産管財人に選任された。(《証拠省略》)

2  被告は、名古屋市に本店を有する都市銀行であり、遅くとも昭和三八年一〇月二二日ころから破産者と取引関係を有しており、破産者のいわゆるメインバンクであった(《証拠省略》)。

3  破産者は、平成一〇年五月二八日当時、被告(取扱店千住支店)に対し、金六六八万八〇〇〇円(最終弁済期平成一〇年一二月二八日)、金八〇〇〇万円(最終弁済期平成一六年一一月三〇日)、金四三七四万五〇〇〇円(最終弁済期平成一五年七月三一日)の長期借入金債務を負担していたが、右同日、被告に対して、右長期借入金合計金一億三〇四三万三〇〇〇円を繰上げ弁済した(以下、これを「本件弁済」という。)。

4  破産者は、それから三日後の平成一〇年五月三一日に全従業員を解雇するとともに本社及び各営業所を閉鎖し、翌六月一日、東京地方裁判所に対して自己破産の申立てをするとともに、合計約金七六〇〇万円の振出手形が不渡となり支払停止となった。

二  当事者の主張の要旨

【原告】

1 本件弁済は、破産者の代表者であるA野太郎(以下「太郎」という。)が破産債権者を害することを知って行った行為であり、かつ、破産申立ての前三〇日以内になされた債務の消滅に関する行為で、その時期が破産者の義務に属しないものであるから、破産法七二条一号及び四号に該当する行為である。

2 よって、破産者の管財人である原告は、本訴において、破産法七二条一号及び四号に基づき、破産者の被告に対する本件弁済行為を否認するとともに、被告に対し、否認権行使による弁済金返還請求権に基づき、右金一億三〇四三万三〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(平成一一年一月二〇日)から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

【被告】

被告は、本件弁済を受けた当時、それが破産債権者を害すべき事実を知らなかった。

すなわち、破産者は、被告(千住支店)の重要取引先であり、過去に一切延滞はなく、被告内での評価も、その企業規模の中では高いレベルであったため、被告は、本件弁済を受けるにあたり、破産者に経営悪化が生じていて、支払停止が生じたり破産申立てが近々なされるような状況であることはまったく知らなかったのであって、被告は、平成一〇年六月一日午前九時ころ、破産申立人の代理人事務所の事務局長からの電話により、初めて破産者の破産申立てについて知った。

また、被告は、本件弁済当時、破産者に対して十分な担保を有していたから、否認されるリスクを犯してまで本件弁済を受ける必要性がなかった。

三  主たる争点

被告が、本件弁済を受けた当時、本件弁済が破産債権者を害すべきものであることを知らなかったか否か

第三当裁判所の判断

一  はじめに

《証拠省略》によれば、破産者の代表者である太郎は、平成一〇年五月上旬ころには会社の再建を断念して法的整理の検討を始め、破産者の資産処分を行い、被告ほか、自ら及び破産者専務取締役B山松夫(以下「B山」という。)が連帯保証をしている債権を有する債権者に対してのみ、繰上弁済を行っていたことが認められるのであるから、破産者が「破産債権者を害することを知りて」本件弁済を為したことは明らかである。

また、本件弁済が、その時期が破産者の義務に属しないこと及び破産の申し立ての前三〇日以内に為されたものであることについては争いがない。

したがって、本件弁済が、破産法七二条一号及び四号に定める否認の対象となる行為であることは明らかである。

本件においては、本件弁済を受けた被告が、その当時、破産債権者を害すべき事実を知らなかったと認められるか否かが問題となる。そこで、以下、この点について検討する。

二  争点について

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 破産者は、現代表者A野太郎の曾祖父が、昭和一三年七月に、前身の合資会社を解散し、資本金一八万円で「株式会社A野商店」として設立したのがその始まりで、資本金が金四〇〇〇万円、創業者一族が株式の大半を保有する同族会社であり、設立当初は酒類卸販売業を主業としていたが、昭和二二年四月に内地木材製品卸業務を開始し、以後は木材製品卸業務を中心として経営を行ってきており、昭和五一年に現商号に変更されたものである。

(二) 破産者は、昭和二二年ころから木材製品の卸売り業務を主たる営業として高度成長期も順調に業績を伸ばしてきたが、平成六年に専務取締役A野竹夫が、平成七年には代表取締役社長であったA野梅夫が相次いで死亡し、それまでの経営を支えてきた中核を失うこととなったため、同人の長男であり、それまでサラリーマンであった太郎が急遽代表者に就任するとともに、子会社の代表者であったB山が専務取締役に就任し、木材業界が伸び悩んでいる中で、建材プレカット事業、ツーバイフォー工法などへの進出を試みるなど新たな事業展開を図ることによって営業の多角化を図り、新たな収益の柱を確立すべく模索していたが、バブル経済崩壊後の住宅市場の極端な冷え込みにより、木材業界自体が構造的な不況に陥っており、破産者自身の業績も低下を余儀なくされた。

(三) 破産者の主たる営業所は、本社(借地上に建築した自社ビル)のほかに、足立支店(東京都《番地省略》所在、土地は、一筆が太郎の所有で他の一筆が破産者及び太郎の共有、建物は破産者の所有)、埼玉営業所、第一市売営業所、土浦営業所(これらはいずれも賃借物件である)であり、また、従業員は、平成一〇年の年初には三五名(役員四名、アルバイト三名を含む。)であったが、破産申立て直前には二四名であった。

(四) 被告は、破産者とは昭和三八年一〇月二二日以来取引関係があり、破産者のいわゆるメインバンクであって、当座勘定取引や手形割引はもちろん、定期預金・普通預金のほか、東海パソコンサービスを通じて破産者の振込業務を行い、破産者の従業員の給与振込や地方税の特別徴収手続き、財形貯蓄等も取り扱い、破産者から定期的に財務諸表の提出を受け、被告担当者も頻繁に破産者の本社に赴いて経営の実状等について説明を受けていたし、互いに頻繁にファックス送信を行っていたほか、千住支店の支店長及び次長が交代する毎に、その氏名、住所を破産者に通知していた。

また、被告は、破産者に対し、本件弁済前の時点においては、本件弁済を受けた三件の債権合計金一億三〇四三万三〇〇〇円のほか、手形貸付金一億五〇〇〇万円、証書貸付金二億円、当座貸越貸付金二〇〇〇万円の合計金五億〇〇四三万三〇〇〇円の債権を有しており、実効的な担保としては足立支店の土地建物及び破産者名義の金一億円の定期預金を有していた(当事者間に争いがない。)。

(五) 破産者は、これまで被告の債務の支払を延滞したことはなく、また、確定申告書上、平成七年三月期ないし平成九年三月期において、金五〇億円ないし六〇億円程度の売上高、金五〇〇〇万円ないし金八〇〇〇万円程度の経常利益を計上しており(しかし、それは後記の不正行為に基づく結果であって、実際には各事業年度とも赤字決算であったものと推認される。)、被告内部での一二段階の格付けランクの「六(平均)」に位置づけられていたが、中小企業という企業規模別でみると、千住支店においては最上格の「四」ランクがなかったため、上から二番目に位置づけられていた。

(六) 破産者においては、平成九年九月ころ、第一市売営業所内で、同営業所長で破産者の取締役であったC川春夫及び営業課長であったD原夏夫による長期にわたる不正行為の存在が発覚した。

その内容は、①架空在庫(帳簿上は金五億円を超える在庫が存在することになっていたが、他の営業所長らによる実地棚卸しの結果、約金八〇〇〇万円の在庫しか存在しないことが判明した。)、②請求書の隠匿(日商岩井建材株式会社からの請求書を約金三億円分隠匿していた。)、③架空売上・架空仕入れ(①及び②を隠蔽するため、一部の取引先を共謀して、架空売上・架空仕入れを繰り返していた。)を中心とするものであった。

破産者は、右営業所が属していた木材市場である株式会社東京第一木材市場から段ボール箱約二〇箱にも上る市場内の取引伝票を借り出して不正の実態の解明を始めたが、不正行為は平成二年ころから行われていたらしく、その関係記録は膨大で、全容の解明は困難を極めた。

(七) 破産者は、右不正行為の洗い出しの結果、その全容は明確にするには至らなかったものの、平成一〇年三月期の決算は大幅な債務超過となることが見込まれたことから(破産宣告後、原告において把握した資料に基づいて行った決算によると、売上段階で金七億二五〇〇万円の損失が生じており、営業損失が金一一億二七〇〇万円、当期損失が金一一億七八〇〇万円という結果となっている。)、決算準備を行うことなく、自社所有の不動産の売却処分を急ぎ、平成一〇年三月から五月にかけて、前年から行っていた建売り事業によって売れ残っていた住宅(八軒中七軒が売れ残っていた。)を大幅な値引きを行って処分するなど、右建売り住宅や土浦市内の寮等の不動産を合計約金一億七〇〇〇万円で売却するとともに、破産者における重要な資産で営業活動の拠点でもある足立支店の土地建物の売却をも図っており、同年四月に代金四億〇五八一万五八五〇円で買受希望者との間で買受予定価格につき合意が成立し、五月八日には東京都から不勧告通知を受領するまでに至っていたが、その後、買受希望者から数千万円にも及ぶ購入価格の大幅な引き下げ要求が出たため、売却の合意には至らなかった。

なお、被告は、右足立支店の土地建物について、銀行取引・手形債権・小切手債権を被担保債権とする極度額金二億円の根抵当権を二つ(合計金四億円)設定していたが、破産者の破産申立直後に競売の申立てを行い、平成一〇年六月一二日に競売開始決定がなされている。

(八) また、太郎は(同人は破産者の被告に対する債務の連帯保証人でもあったが)、平成一〇年五月二二日、個人として所有する板橋区弥生町所在の土地及び建物(店舗共同住宅、鉄骨造陸屋根五階建て、その一部に太郎も居住していた。)を売却処分したが、被告は、右物件についても、債務者を太郎、被担保債権を銀行取引・手形債権・小切手債権とする極度額金一億九七〇〇万円の根抵当権を設定していたところ、右売却代金から太郎に対する債務の弁済として金一億八九〇〇万円の支払を受けた。

(九) 破産者は、社内の不正行為をできるだけ表面化しないよう取り扱ったが、大量の伝票の借り出しや担当社員以外の者の棚卸しの実施、足立支店の売却計画や他の資産の売却の実施等が相次いだことから、一部取引先や事情を知らされていない破産者の従業員の不信を呼ぶこととなり、平成一〇年五月初めころには、破産者の経営不安説が一部の取引先に流れることとなった。

この間、破産者の従業員は、平成一〇年一月に二名、同年二月に二名、同年三月一五日に二名(うち一名はアルバイト)、同月三一日に二名と、わずか三か月間に八名も退職した。また、平成一〇年五月になると、破産者の本社従業員を中心として、破産者が破綻するのではないかという危機感が強まり、同月八日、一三日及び二七日に、破産者の一部従業員が、破産者を通じて被告千住支店において行っていた財形貯蓄を解約するなどした。

2  被告は、破産者が、過去において一度も延滞が無く、被告千住支店内部においても中小企業としては上位に格付けされていたことから、本件弁済当時、経営が悪化し、近々支払停止や破産申立てに至る状況にあるとは全く知らなかった旨主張する。

(一) 確かに、前記1において認定したとおり、破産者においては、これまで一度の延滞もなく、また、被告内部では被告主張のとおりの格付けがなされていたこと、さらに、平成九年三月決算期までは、決算内容も良好で、表面上、健全な経営により十分な利益を確保できていたかのように処理されてきていたことが認められる。

しかしながら、それは、平成二年ころ以降の、一部役員及び従業員による不正行為の積み重ねの結果によるものであって、バブル経済の崩壊により、日本の経済全体が沈滞気味の中、木材業という業界全体の業績が振るわない状況下にあって、一人破産会社のみが業績良好ということは通常は考えられず、特に、不正行為が発覚した平成九年九月以降は、破産者においては、不正行為の実態把握のために精力をそがれ、本来の業務もままならなかったことが窺われるのであって、問題となるのは、以前における破産者の実績ではなく、本件弁済当時における、被告による破産者の経営状態に対する認識である。そこで、以下においては、本件弁済直前の状況について検討する。

(二) 金融機関に対して根抵当権を設定している不動産を売却処分する場合には、根抵当権設定登記を抹消するために事前に根抵当権者と打ち合わせをするのが通常であり、足立支店の土地建物を処分する計画においても、事前に根抵当権者である被告に何らかの相談がなされているものと認められる。したがって、右事実及び前記1認定の事実によれば、被告は、平成一〇年四月ころには、破産者が破産者の重要資産である足立支店の土地建物を処分せざるを得ない状況であることは十分認識していたものと推認される。

(三) また、前記1の事実及び《証拠省略》によれば、被告は、平成一〇年五月二二日、破産者の代表者である太郎から、同人の個人資産を処分し、被告に対する個人債務を弁済する旨の申し出があり、右売却代金から弁済金を差し引いてもなお金七〇〇〇万円余の余剰があったため、その剰余金を被告に預金してくれるよう依頼し、太郎の確約を得て担保物件の売却に同意したこと(もっとも、結果的には、太郎は、右約束に反して、剰余金を被告に預金しなかった。)が認められ、右事実も、被告において、平成一〇年五月当時、破産者及び太郎が債務の整理を行っていることを知り得たことを示している。

(四) さらに、前記1のとおり、平成一〇年五月には、一部取引先においては破産者の信用不安が噂され、また、それまでには破産者内部においても種々取り沙汰されており、短期間のうちに八名もの退職者を出したり、従業員が相次いで財形貯蓄を解約するなどの異常な事態に立ち至っており、到底通常の業務を執り行える状況ではなかったことが窺えるのであって、担当者が破産者を定期的に訪問し、かつ、従業員の給与関係を含む破産者の金融全般に深く関与していた被告にあっては、当然、少なくとも右の状況を十分知りうる立場にあったということができる。

(五) これらの事情を総合すると、被告は、単に抽象的に、破産者のメインバンクとして、従業員を含む破産者の全財産状況を把握しうる立場にあったという以上に、具体的、個別的事情によっても、破産者が経済的に破綻に瀕していることを認識しうる十分な機会を有していたものと認められ、かかる事情下にあっては、むしろ、被告が右事実を知っていたと推認されるのが一般的であり、それにもかかわらず、被告において、右事実を知らなかったというためには、相当具体的かつ確実な立証を要するものと解するのが相当である。

3  被告は、破産者に対する債権については、いずれも担保により十分保全されていたため、否認されるリスクを犯してまで本件弁済を受ける必要性がなかった旨主張する。

前記1において認定したとおり、本件弁済直前の被告の破産者に対する債権額は合計金五億〇〇四三万三〇〇〇円であり、相殺可能な金一億円の定期預金のほか、足立支店の土地建物に極度額合計金四億円の根抵当権が設定されていたことが認められる。

被告は、右足立支店の土地建物を金四億九七三七万八〇〇〇円と評価していたため、十分な担保力を有すると考えているようである。

しかしながら、右の評価額は、平成九年一二月一一日時点の評価額であると認められ、その後も地価は全国的には下落傾向にあり(公知の事実)、足立支店の土地建物についても、前記1認定のとおり、平成一〇年四月段階では、金四億〇五八一万円余での売却を図ったものの、さらに数千万円の値引きを求められたため、結果的には売却ができなかったのであって、そうすると、本件弁済当時における足立支店の土地建物の時価は、金四億円をかなり下回っていたものと認めざるを得ない。仮に担保権の実行による競売ということになれば、その売却額は、さらに下回るものとなることは、経験則上明らかである。したがって、必ずしも、被告の破産者に対する債権が、担保により十分保全されていたとは言い難い状況であったといわざるを得ない。

また、仮に、結果的に担保力が十分であったとしても、担保権を実行するためには、担保物件を現金化する必要があり、そのためには時間と費用と労力を要するのであって、しかも、その間に価値の減価等、絶えず不確定な要素も存することから、即時に全額現金で弁済を受けることが被告にとって最も望ましいことであることは明らかである。

さらに、本件弁済を受けたからといって、必ず否認の対象となるとは限らないし(本件では、たまたま、破産者が、本件弁済後三〇日以内に破産申立てを行ったために否認の対象となったに過ぎないのであって、そうでない場合には否認の対象にはならなかった。)、否認の対象となったからといって常に否認されるとも限らないのであるから、否認されるリスクと本件弁済による利益とを比較することは困難である。

以上、いずれにしても、被告の右主張は、にわかに採用できない。

4  また、被告は、本件弁済を受けた債権が、いずれも保証協会の保証付き債権であることを理由に、もし、被告が破産者の経済的破綻を認識していたとすれば、担保でしかカバーされない債権を残し、保全一〇〇パーセントの保証協会の保証付貸金の弁済を優先して受けることは絶対にあり得ない旨主張する。

確かに、被告の右主張には、一応の合理性が認められる。しかしながら、《証拠省略》によれば、破産者から本件弁済の申し出があったとき、被告からは、手形貸付金に対する弁済として受け入れたい旨強く希望したことが認められるのであって、被告としては、保証協会の保証のない債権から回収したかったものの、太郎らが、飽くまでも自分たちが連帯保証した債務についての弁済に強く固執したため、やむを得ず、これを受け入れたに過ぎないことが窺えるのであって、かかる事情のもとにあっては、保全一〇〇パーセントの保証協会の保証付貸金の弁済を優先して受けることは絶対にあり得ないとまで言い切れるのか疑問なしとしない。よって、本件弁済の対象が保証協会の保証付の債務であったからといって、それをもって、直ちに、被告が債権者を害することを知らなかったものとまで認めることはできないというべきである。

5  さらに、被告は、平成一〇年五月二六日に、被告の伊藤次長が、太郎に対して、残元金二億円の貸付金に対する金利を年〇・四パーセント引き上げるよう交渉した事実をとらえて、破産者の破綻を認識していたならば、弁済交渉を優先すべきであって、二か月後からの適用金利の引き上げ交渉など行うはずがない旨主張する。

確かに、証拠(乙八の2―伊藤次長の訪問日誌)の平成一〇年五月二六日欄には「(〇・四パーセントアップ)に引上げ依頼、先方了解」と記載されているが、他には金利に関する記載部分はまったく存在せず、当日は本件弁済の打ち合わせに破産者に赴いたというのであるから、右金利の引き上げに関する経緯は不明である。

一般に、金融機関が、融資先に貸付金の金利の引き上げを求めるのは、与信先の信用が低下し、従来の金利のままでは与信先のリスクに見合わなくなったなどの事情がある場合であって、本件において、適用金利の引き上げ交渉があったからといって、それが直ちに「債権者を害することを知らなかった」ことを示すものとは認められない。

6  以上の結果、被告主張の諸事実を最大限考慮しても、被告が破産者から破産申立てに関して(四日後に申立をするなどという)具体的な事情を知らされておらず、本件弁済直後の破産申立てという事態まで予測していなかった可能性は認められるものの、前記認定の事情のもとにおいては、それ以上に、本件弁済が、結果的に破産者の債権者間の公平を害することになることについて、知らなかったとまで認めるには、なお十分とは言い難い。

三  結論

以上の次第で、本件弁済は、破産法第七二条一号及び四号に定める否認事由に該当し、かつ、被告の抗弁は採用できないから、原告は、右行為を否認することができるというべきである。

なお、本件訴状が被告に送達されたのが平成一一年一月一九日であることは、本件記録上明らかである。

よって、原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡寛)

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